高校生の男の子でした。かわいい小学生の妹を連れています。
少し緊張した面持ちで、二人でおとなしく座っています。妹には初めて会いましたが、お兄ちゃんには、これまでに何度か会っていました。
妹は、時折、お兄ちゃんの顔を見上げています。初めての場所で不安なのでしょう。お兄ちゃんは、そのたびに「大丈夫」と言うように微笑んで見つめ返しています。
ここはフードバンク八王子。JR八王子駅のすぐそば。食べる物に困った人たちのために食料を提供する場所です。開設して、もうすぐ丸三年を迎えようとしています。
ここには、老いも若きも、男性も女性も、障害者も母子家庭も、様々な人たちが、様々な事情や苦しみを抱えてやって来ます。
食べる物に困った人たち?
終戦直後じゃあるまいし、そんな人が、この21世紀の現代日本にいるのか?
普通の生活をしていれば、そう思う人がいるのも無理はありません。最近は、貧困に関する統計データなどがメディアで報道されることもありますが、実感としては、なかなかピンとこないと思います。
昨年末、八王子市も「子どもの生活実態調査」として、八王子に住む子どもたちの生活状況を首都大学東京と連携して調査し、その結果を公表しました。
だけど、私たちには、そういう難しいことは、よくわかりません。
私たちにわかるのは、ただ、自分の目の前に、過酷な現実に直面している兄妹がいるということ、手に50円玉だけを握りしめている高齢者がいるということ、赤ちゃんを抱っこしたお母さんがミルクを欲しがっているということ、それだけです。
この兄妹は、母子家庭です。
ところが、彼らの母親は、病気で臥せっており、身動きが取れず、いわば代理で兄妹が食料を取りに来たのです。
明らかに、これは緊急事態です。
彼らは喫茶店に遊びに来ているわけではありません、フードバンクに来ているのです。
食べる物に困っているだけでなく、母親が病気で身動きが取れず、子どもたちが動かざるを得ない状況は、誰が見ても緊急事態でしょう。
しかも、高校生の男の子は言いました。「ガスが止められて、お風呂にも入ることができない」。
私たち、フードバンクにできることは、本当に限られています。
わずかな食料を提供すること、ただ、それだけ。
我ながら呆然とするほどの無能ぶりですが、それでも、この活動を続けていくうちに、徐々に、自分たちの本当の役割に気が付き始めました。
フードバンクに来る人たちは、経済的な貧困はもちろんですが、それ以上に社会性の貧困に苦しんでいるのです。
平たく言えば、そもそも、頼れる人がいれば、フードバンクなどに来る必要はないわけです。頼れる人が誰もいない、だからこそ、見知らぬフードバンクに来ざるを得ない、そういう社会的な孤立に苦しんでいる人たちなのです。
彼らの社会性を再構築するための、ささやかな窓口になること。
これこそが、フードバンクの本当の役割だと気が付き始めました。
そのために、私たちは、八王子市役所や地域包括ケアセンター、子ども家庭支援センターなどと密接に連携しています。
私たちのような、何の知識も経験もないただの一般市民の活動を経由して、専門職ネットワークへとつないでゆくこと、そのためのささやかな窓口になること、これこそが、私たちフードバンク八王子の本当の役割なのです。
食べ物は、人間にとって決定的に大事なものではありますが、しかし、それは、社会的な回路再構築のための、いわば手段に過ぎないのです。
フードバンクを通じて出会った、この兄妹には、各所から少しづつ支援の手が伸び始めています。
彼らは、もはや、以前のような孤立状態ではありません。
食を通じて、人と人とをつなぐこと。
これが、私たちフードバンク八王子が実現したい夢です。
余りにも、遅々とした亀の歩みで、我ながら呆れていますけど。