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執筆者の写真フードバンク八王子

地域包括ケアと子ども食堂 - 食で融合する地域ネットワーク –

更新日:2021年9月6日


地域包括ケアと子ども食堂。 この二つの言葉を並べると、高齢者対策と子ども対策というイメージが湧き、場合によっては、行政のタテ割りよろしく、「この二つは別個のものだ」との感想を持つかもしれない。


しかし、以下の本稿で論じるのは、この二つは「食」という切り口で融合させることができるということ、それどころか、ここ数年、厚労省が言い出した「地域包括ケアの多世代化」、更には「地域共生社会」へのごく自然な基盤になるということだ。


それは、どういうことか?


まず、八王子市の事例から紹介したい。

平成31年の3月市議会で、及川賢一市議が提案してくれたお蔭で、八王子市の市民センター調理室を子ども食堂団体が使えるようになった。

その際の彼の提案ロジックは、およそ次のようなものである。(実際には議場で目撃しているわけではないので、あくまでも推測である点、ご容赦頂ければ)


「現在の町会などの地域活動が、例外的なケースはあれ全体としては、衰退の一途をたどっているのは誰の目にも明らかであるが、その再興の有効な手段として「子ども食堂的な活動」を考えることができる。

子ども食堂とは、そもそも「子どもだけが行く食堂」などではなく、八王子に増えてきた食堂の実例を見ても、子どもだけでなく、大人も高齢者も、男性も女性も、あらゆる人が参加している。

他方で、子ども食堂を立ち上げる際の最大の問題点は「場所をどうするか?」である。

この点を、市民センター調理室を子ども食堂団体に提供することで解決の一助にできれば、食堂活動を推進することを通じて、町会などの地域活動を再活性化させる可能性が出てくる。

行政予算は一円も使わずに」


ここでのポイントは、子ども食堂という方向からのアプローチというよりはむしろ、地域活動の再活性化という視点からのアプローチであるという点だ。

つまり、子ども支援という方向からの議論ではなく、高齢者支援という方向からの議論が、食堂という活動の価値と力を(再)発見したということになる。


食堂という活動には、独特のパワーがある。


誰もが、例外なく、食べる。子どもであれ、大人であれ、高齢者であれ。 食堂という活動をする限り、その場所は、ごく自然に多世代化するのである。 しかも、囲碁でも将棋でも、カラオケでもいいが、そういった「する人もいれば、しない人もいる」といったような趣味の集まりではない。誰もが食べるからだ。


人間である限り共通の「食」を通じて、人は集まり、そこから地域活動でも、趣味でもよいが、この食堂を基本の場として、更に活動の幅は広がってゆく可能性が出てくる。

いわゆる「子ども食堂」には、そういった潜在力を秘めたパワーが存在するのである。


しかし、そこに、食堂に集まるのは誰だろうか?

もちろん、地域住民である。

食堂を運営するのも地域住民なら、食堂に「お客さん」として来るのも、基本的には地域住民である。

実は、この点が決定的に重要である。

どういうことか?


私は、少し前に「地域包括ケアを見直す」というテーマを掲げたシンポジウムに登壇した。

そこで、様々な方々のお話を聞いた後で、私は次のような発言をした。


ここにいるのは地域の「事業者」ばかりで、なぜ「地域住民」が不在なのか?


私が、この発言で問いたかったのは、地域包括ケア、特にそれが不可欠な要素として唱える(唱えざるを得ない)「互助」を担うのは地域住民以外に存在しないはずなのに、それが不在とは、どういうことか、という問題提起であった。


地域の医療介護系の「事業者」は、地域包括ケアという枠組みの中で収益事業を行う。それは当然のことだ。

しかし、地域包括ケアという「理念」が、ほんのわずかであれ、実現の可能性を持つとしたら、そこに地域住民は不可欠の要素でなければならない。

しかし、発言するのは、会場で見える顔は「事業者」ばかりである。

それは一体どういうことか?


一言で言えば、これまで、厚労省を筆頭とする地域包括ケアのイデオローグたちには、地域住民の独自の活動を位置づける「枠組み」を考えることができなかったということに他ならない。

この「枠組み」の最初の、そして有力な候補こそが、子ども食堂の活動なのである。食堂とは、地域コミュニティの基盤となり得るからだ。


最後に、一点だけ、補足しておく。


上記のような言い方をすると、私がフードバンク活動や子ども食堂の支援をしていることもあり、あたかも「ボランティア至上主義者」として、地域の「事業者」たちを排除するように聞こえるかもしれない。 しかし、それは、断じて、あり得ない。


一連の発言をしたシンポジウムで、私が強調したのは、次の点だ。


地域の「事業者」の本当の仕事は、自らが(プライベートを犠牲にしてまで)地域活動をすることではなく、地域活動をする地域住民を支援することではないのか?

しかも、それを、事業活動の一環として。つまり、明確な、しかし戦略的な「営業活動」として、あらためて位置づけるべきではないのか?


地域住民の活動は、基本的にボランティア・ベースであり、それを持続可能なものにするためには、様々な支援が必要になる。(お金だけでなく、場所や設備、人手など)

そこですぐに「行政からの補助金を!」という声が出てくるのであるが、一体、それにいつまで頼れるというのか?


真に連携すべきは、地域住民と行政ではない。

ここで必要なことは、地域住民と地域事業者との、適切な役割分担を経た後での「社会経済的な連携」ではないのか?

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